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「月は牡羊座」そして「強いパワースポットが集積する”上野恩賜公園”」(東京都)

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本日は「強いパースポットが集積する”上野恩賜公園”」(東京都)をご紹介:

まずは、月の星座をカレンダーで見ると、本日11月18日15:55から、月はみずがめ座に位置しています。

月がおひつじ座に入っているときは、エネルギッシュで、活動的なときです。

未知の分野を開拓したり、新しいことをスタートさせるのには、最高です。

しかし、がむしゃらに突進したり、早合点が多くなったりするため、ことを始めるにあたっては、じっくり計画をたてる事が、必要です。

興奮して怒りやすくなること、自己主張が強くなることなどに、気をつけましょう。

ちなみに太陽がおひつじ座の人は、この時期(11/18~11/19)はパーソナル・パワー・デ-となり、周囲からの影響をより受けやすくなり良い変化を受け取れる時です。ポジティブに物事をとらえれば、運気アップにつながります。

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●「強いパースポットが集積する”上野恩賜公園”」(東京都)

上野公園は、東京の中でも超が付くほどのメジャー観光スポットのひとつ。外国人観光客の間でも、その名はとても有名です。

もともと、この地は徳川将軍に三代も使えた大僧正「天海」によって造営されました。その造営の理由は、江戸城の鬼門にあたるこの場所に、聖域を設け、江戸の鬼門を塞ぐこと。1000年栄えた京都をモチーフに、風水の配置に従って造られたとのことです。

敷地内に、弁天堂や花園稲荷神社、穴稲荷、不忍池など、強いパワースポットが集積しています。

上野神社は計算され尽くされたパワースポットとも考えることができ、そのご利益は開運、浄化、縁結び、商売繁盛など多岐に渡ります。そして、各場所ごとに、その大きさが異なっているようです。

★花園稲荷神社(穴稲荷神社)

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大変大きな気に溢れたパワースポットです。中には「あまりに強すぎて…」という方もいるほどです。縁結び・夫婦和合・子授け・商売繁盛などのご利益があります。

★寛永寺不忍池弁天堂

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上野公園南側にある不忍池(しのばずのいけ)の中之島に、天海大僧正が琵琶湖の竹生島の宝厳寺の弁才天を勧請して建立したのが、寛永寺不忍池弁天堂。祀られているのは、七福神の一人、弁財天です。「福・徳・智恵・財宝」を与えてくれる神様として長く信仰されています。

また、寛永寺不忍池弁天堂は、金運以外にも寿命増益や福徳円満を司り、音楽や芸能にもご利益あるそうです。特に、9月16日に開催される「巳成金大祭」では、この日限定の福財布や小判のお守りが購入できるとのこと。そして、この日が一年間で最も金運が上がる日とされ、終日大変な賑わいをみせるということです。

「上野恩賜公園」はその他、動物園やたくさんの美術館など見どころ満載ですが、ものすごいパワースポットでもあるので、必ずお参りしたいものですね。

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「秦の始皇帝の陵墓を守る兵馬俑」(中国)

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昨日はボジョレーヌーヴォーを堪能してきました~♪

さて、今回は「秦の始皇帝の陵墓を守る兵馬俑」(中国)をご紹介

中国の太陽はてんびん座、月はみずがめ座に位置しています。

★ちなみに上記の星座の人の性格を見ると・・

あなたの太陽がてんびん座なら、どちらかというと他人を外見から判断するので、ものやわらかな策略を持った人にだまされる可能性があります。

またあなたの月がみずがめ座なら、とても活気に満ちておりステキな会話もでき楽しい人。その友好的な感じは誰からも好かれます。

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「秦の始皇帝の陵墓を守る兵馬俑」(中国)

兵馬俑2

秦の始皇帝は中国史初の皇帝でしたが、その強大な力を利用し大きな陵墓を建てました。

これが秦始皇帝陵墓で、1974年に西安の東北、臨潼県の農民が井戸を掘っていて偶然見つけた陶器の破片から次々と発見されました。

また兵馬俑坑は、この陵を取り巻くように配置されており、その規模は2万平方メートル余りに及ぶとても大きなもので、3つの俑坑には戦車が100余台、陶馬が600体、武士俑は成人男性の等身大で8000体ちかくあり、みな東を向いています。

俑とは古代中国で、殉死者の代わりに埋葬した人形(ひとがた)のことで、敵国のある東を向き、整然と隊列を組んで並ぶ兵士俑はほぼ等身大です。

表情、髪形、衣服のどれひとつとして同じ形のものはなく、始皇帝の軍団が広範な民族の混成部隊であったことをうかがわせます。

約2200年前、中国統一を果たした秦始皇帝は、その絶大な権力を永遠のものにするため、すぐに陵墓の造営に着手しました。

70万人もの囚人を動員し、36年もの歳月をかけて完成した陵墓は、『史記』によると地下宮殿のようであったと記されています。長らく伝説と考えられていたこの記述も、近年の調査で痕跡が確認され、秦始皇帝陵の発掘が待たれています。

史上初めて中国を統一し、中国史上はじめて皇帝を称した秦始皇帝ですが、史記(中国の歴史書)には「鼻が高く、目は切れ長で、声は豺狼(ヤマイヌ)の如く、恩愛の情に欠け、虎狼のように残忍な心の持ち主」と記載されているそうです。

かなりの暴君とも言われていますが、先見性があり有能な皇帝であったことも広く認められています。

この兵馬俑の発見は特に、中国史の研究上、当時の衣服や武器・馬具等の様相や構成、また、始皇帝の思想などを知る上できわめて貴重なものとされています。

しかしながら、この兵馬俑を初めとする大規模な始皇帝陵造営などは大きな財政負担となり、その工事に民衆を強制的に徴用したことから陳勝・呉広の乱が発生しました。

従って、こうした大土木工事は秦帝国崩壊の直接的な原因ともなったようです。

また秦始皇帝は、中国統一の頃から不老不死を求め、徐福(始皇帝に仕えた人)に対して東方にあるという蓬莱国へ向かい、仙人を連れてくるようにと命じました。

この蓬莱は日本の事を指していると言われ、日本各地には徐福の最期の地といわれる場所が複数あるそうです。

日本には仙人がいると思われていたんですね~。大きな大陸である中国からみた島国・日本に仙人がいると思われていたというのは何となく、イメージ湧きますよね。

一説によると、方士の中の誰か(始皇帝に仕えていた人々)による仙薬(一説では水銀)で健康を害するようになり、崩御したとも言われています。

どんなに権力を持ち、地位も名誉も財力も持ち合わせた始皇帝も不老不死にはなれなかったようですね。

しかしながら、今もなお、東を向いて並ぶ兵馬俑は当時の始皇帝の権力のすごさをうかがえるようです。

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