カテゴリー: 運を上げる秘訣

ジョン・レノンの最初の妻の立派な姿勢

今日は、少し衝撃的なエピソードをひとつご紹介します:

1968年、シンシア・レノン(ビートルズのメンバーだったジョン・レノンの最初の妻)が、ギリシャ旅行から帰宅しました。

すると彼女は、自宅で夫のジョン・レノンが別の女性と一緒にいるのを目にします。

その女性は、シンシアのガウンを身につけており、彼女は大きな衝撃を受けました。

しかしシンシアは、怒鳴ったり怒りをぶつけたりはしませんでした。
むしろ冷静に振る舞い、ショックのあまり「夕食を一緒にどう?」とさえ尋ねたのです。

この出来事が、彼女の結婚の終わりを決定づけました。

その後、ジョンとシンシアは離婚します。

シンシアは息子のジュリアン・レノンを育てながら、穏やかな生活を送ろうと努めました。
公の場での争いを避け、子育てに専念したのです。

また、ポール・マッカートニーはシンシアとジュリアンを訪ね、支え続けました。
ジュリアンの状況に心を動かされ、後に名曲「Hey Jude」の制作にもつながったとされています。

シンシアは自身の人生について本も執筆しましたが、復讐しようとはしませんでした。
結婚生活の良い面も悪い面も、率直に語っています。

ジョン・レノンの死後も、彼女は静かに暮らしながら息子を支え続けました。

シンシアは2015年に亡くなりました。

その人生は、深い痛みの中でも静かな強さと品位を保ち続けた一例として、今も記憶されています。

この話の中の「別の女性」とは一般的にオノヨーコのこととして語られています。しかし、この話はどうしても「誰が悪い」という見方になりがちですが、実際には当時の関係はかなり複雑で、ジョン自身の問題も大きかったと言われています。

ジョンはとても繊細で、同時に感情の振れ幅が大きく、人間関係が極端になりやすかったと言われています。

シンシア・レノンとの結婚中も、女性関係は安定していませんでした。ヨーコと出会う前から浮気の噂はあり、もともと結婚自体にひびが入っていた可能性が高い。

そしてビートルズの成功で生活は一変し、名声や多忙な日々、そして芸術や思想への自己探求が優先され、家庭とのバランスが崩れていきました。

またジョン自身も後年、若い頃は攻撃的だったことや、女性に対してひどい態度を取ったことがあったと認めています。

まぁこの話はだれかひとりが悪いというのではなく、複雑に絡み合った問題が重なったようですね。

ジョン・レノンの前妻のシンシアさんのこの「静かな対応」が余計に印象に残るんですよね。

シンシア・レノンは2015年にスペイン・マヨルカ島の自宅で75歳で死去し、訃報に際しては Paul McCartney、Ringo Starr、そしてオノ・ヨーコらが追悼の言葉を寄せました。今日では「ジョン・レノンの元妻」という立場だけでなく、ビートルズ史を内側から伝えた証言者としても重要な存在と評価されているそうです。

人生まさにいろいろありますよね。

ちょっと芸能ネタになってしまいますが、彼女のその後の行動は同じ女性として、その姿勢はやはり立派だったと感じます。

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牛乳瓶が朝に置かれていた時代

ちょっとおもしろい名言がのっていたので:

If you remember the milkman dropping glass of bottles at dawn, you remember a word that ran on trust.

もし夜明けに牛乳配達人がガラス瓶を置いていくのを覚えているなら、あなたは「信頼で成り立っていた時代」を知っている、ということだ。

牛乳配達覚えている方はこれなつかしいですよね。

昔の牛乳配達は、こんな仕組みでした:

  • 朝、家の前(のボックス)に瓶を置く
  • お金は後でまとめて支払うことも多い
  • 誰も盗まない前提で成り立っている

つまり、社会全体が“信用”で回っていた象徴的な風景です。

でも今はどうかというと

  • 置き配でも盗難対策が必要
  • 防犯カメラが前提
  • 「信用」より「管理」

そうなんですよね。この一文は、昔は信頼で成り立っていたけど、今はそうではなくなっていると感じさせられます。

表面的には牛乳の話ですが、実は:

  • 人と人との信頼
  • 社会のあり方
  • 価値観の変化

が一気に伝わってきますよね。

何だか牛乳を家の前のボックスに入れていく音が響いてくるような、なつかしい話でした♪

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