ある男性が、毎月物乞いの女性に1,000ドルを渡していました。しばらくその状態が続いていました。
ある日、彼は彼女に750ドルしか渡しませんでした。物乞いの女性は驚きましたが、「ないよりはましだ」と思い、そのまま立ち去りました。
さらに1か月後、今度は500ドルしか渡されませんでした。女性はとても驚き、男性にこう言いました。
「以前は1,000ドルくださって、その後750ドルに減り、今は500ドルです。どうしてですか?理由を教えていただけませんか?」
男性は答えました。
「以前は子どもたちがまだ小さく、生活にも余裕があったので1,000ドルあげていました。その後、娘が成長して大学に進学し、学費が高かったので750ドルにしました。今は二人目の息子も大学に行き、さらに費用がかかるので500ドルにしたのです。」
すると物乞いの女性は尋ねました。
「あなたには子どもは何人いるのですか?」
男性は答えました。
「4人です。」
女性は言いました。
「その子どもたち全員を、私のお金で育てるつもりなんですか?!」
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時として、人は他人の親切や善意を「ありがたい行為」ではなく、「当然の権利」のように受け取ってしまうことがあります。
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最初は「親切」として受け取られていたものが、いつの間にか「当たり前」になり、さらに「減ると不満になる」という構図は、人間関係や仕事、家族、友人関係など、いろいろな場面で起こりますよね。
本来は感謝すべき善意なのに、慣れてしまうと権利のように感じてしまう――
この話は、人の心理の弱さや無意識の傲慢さをとても分かりやすく表していると思います。
同時に、与える側にとっても「どこまでが善意で、どこからが義務になっているのか」を考えさせられる話でもありますよね。
形は違っても日常の中で何度も見かける、とても現実的な教訓です。
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