知性と日常生活は関係あるのか?――アインシュタインの知られざる家族関係

天才アインシュタインは、よい夫・よい父親だったのか

「人生は自転車に乗るようなもの。
バランスを保つためには、動き続けなければならない」

これは、アルベルト・アインシュタインが次男エドゥアルトへ送った手紙に書いたとされる言葉です。

世界でもっとも有名な科学者のひとりであるアインシュタイン。しかし、その私生活は決して穏やかなものではありませんでした。

ともに物理学を学んだ最初の妻

最初の妻ミレヴァ・マリッチは、アインシュタインと同じ大学で物理学と数学を学んだ聡明な女性でした。

ふたりは学生時代に出会い、1903年に結婚します。若い頃の手紙からは、物理学について語り合い、互いを深く信頼していた様子もうかがえます。

しかし、アインシュタインが研究者として頭角を現す一方で、結婚生活は次第に悪化していきました。

1914年、アインシュタインはミレヴァに、夫婦生活を続けるための厳しい条件を示します。

「衣服や洗濯物をきちんと管理すること」
「三度の食事を自分の部屋へ運ぶこと」
「自分に親密さを求めないこと」
「求められたら、すぐに話すのをやめること」

現在の感覚で読むと、妻というより、身の回りの世話をする人として扱っているようにも感じられますよね。ちょっとひどい!

ミレヴァはその年、二人の息子を連れてスイスへ戻り、ふたりは別居。1919年に正式に離婚しました。

消息の分からない最初の娘

ふたりには結婚前に、リーゼルと呼ばれた娘がいました。

ところが、リーゼルについて残された記録はごくわずかです。幼い頃に病気で亡くなったとも、養子に出されたともいわれていますが、その後の消息は現在も分かっていません。

その存在自体が広く知られるようになったのも、両親の手紙が発見された1980年代以降のことでした。

父親と二人の息子

長男ハンス・アルベルトは、後に土木工学者となり、アメリカの大学で教授を務めました。

次男エドゥアルトは、文学や音楽に才能があり、精神科医を目指していました。しかし、若い頃に統合失調症を発症し、その後は長く療養生活を送ることになります。

アインシュタインはエドゥアルトを心配し、手紙を送り続けましたが、1933年にナチスを逃れてアメリカへ渡った後、父と息子が直接会うことはありませんでした。

「人生は自転車に乗るようなもの」という言葉には、悩みを抱える息子を励ましたいという、父親としての思いも込められていたのでしょう。

けれども、息子たちにとって父親は、世界的な名声を得る一方で、遠い存在でもあったようです。

再婚後も続いた女性関係

離婚した1919年、アインシュタインは、いとこのエルザと再婚しました。

エルザは病気になったアインシュタインを献身的に支え、世界的な科学者となった夫の生活を守りました。

しかし、残された手紙からは、再婚後もアインシュタインに複数の女性との関係があったことが分かっています。

平和や人類について深く考えた人物でありながら、身近な家族との関係では、相手を傷つけることもあったのです。

知性と、幸せに生きる力は別のもの

アインシュタインは、私たちの宇宙観を変えた偉大な科学者です。その功績が揺らぐことはありません。

けれど、優れた知性を持つことと、よい夫やよい父親であることは、必ずしも同じではないのでしょう。

どれほど頭がよくても、身近な人の気持ちを理解し、穏やかな関係を築けるとは限りません。

知性と、日常生活を穏やかに営む力は、必ずしも比例しない。

世界を変えるほどの才能を持っていても、家族との間では悩み、間違い、ときには相手を深く傷つける。アインシュタインもまた、矛盾を抱えて生きたひとりの人間だったんですね~

偉大であっても、そうでなくても、誰の人生にも、こうしたアンバランスがあるものなのかもしれません。

人気ブログランキングに参加しています。クリック応援いただけるとうれしいです♪

「知性と日常生活は関係あるのか?――アインシュタインの知られざる家族関係」への1件のフィードバック

コメントをどうぞ